いけやんブログ

ロシアネタ、日々の雑感、読書感想文など。

先日、「超一流の雑談力」という本を友人からいただいた。

人に贈り物をすること。

 

例えば、それは仕事で疲れている職場の人に何か甘い物を差し入れする時や日頃お世話になっている友人へ何か気に入りそうな物をあげる時でもいい。

 

日常において、人からひとへ物を贈与することはわりと稀な出来事だと思う。

 

私はひとに物を贈ることが好きである。

 

物を贈ったことで相手に感謝してもらえることや贈った物を気に入ってもらえることが嬉しかったりするが、本当のところは「物を介して人に何らかの影響を与えられること」に喜びを感じる瞬間がある。

 

贈り物が「食事」だとする。

食事はとても影響力のある贈り物だと思う。食事の場合、「いっしょに感動を共有する体験(時間)」とも言い換えられるが。

お店を選ぶときに考えることは、相手の好みに合うメニュー、相手の好みそうな店の雰囲気(衛生環境、音楽、店員の態度など)、立地条件(地理的に交通アクセスしやすい)、オーダーしてからメニューが出てくるまでの時間等々、ぱっと思いつくだけでもいろんな要素が挙げられるが要は「お店を選ぶセンス」である。

さらに、食事をすることは、目の前にいる相手と、ほぼ同じ物を食べ、同じ時間を共有するだけに「相手を選ぶ贈り物」でもある。

お互いの食事をする時のマナーや仕草は嫌でも目に入ってしまうものである。家の中だけで食事をするなら人目を気にすることもないが、公共の場で食事をいただく時はそういうことに気を遣える態度であることが好ましい。食事において「マナーや気遣いがキチンとできること」は基本であるが大切だ。

素敵な空間で、紳士的な態度で振る舞える相手と、美味しい物をリラックスした気持ちで味わう体験はこのうえない贈り物だといえるだろう。

 

やや本筋から脱線してしまったが、ともに食事をすることで、相手に「自分のセンス」を伝えられる。逆に自分という人間のイメージを損ねてしまう場合もある。人と食事をする経験を重ねて、また別の機会に同じ相手を食事に誘うときのヒントを得たり、自分という人間を見つめなおしていくのも良いだろう。

 

贈り物が「本」だとする。

これは(私の)個性を主張した贈り物といえる。それと同時に本をふだん読まない人には有効ではない贈り物だ。しかし、相手の思考や思想に影響を与えられる点ではとても有効だと思う。政治的や宗教的な意味ではなく、相手の思考の成長を手助けするという意味で。

本を読むのが好きな人に本を贈るときは、そのひとがよく読んでいる本のジャンルやタイトル(読書の傾向という)をあらかじめ聞いておくのはもちろんのこと、どういう場面で本を読むことが多いのかを聞いておくべきだろう。通勤電車の混雑した中で本を読むことが多い人には文庫本の方が好まれるだろうし、普段仕事のある平日で空き時間を本を読む時間にあまり割くことのない人には内容を理解するのに時間がかかってしまう本は好ましくないだろう。

他に本を人に贈るときに何を指標にしたらよいだろうか。その人の「読書歴」に注目したらよいと思われる。学生時代から読書になんらかの意義を見出すことに目覚めた人(と同時に純粋に本を読む行為を楽しんでいる私のような人間もいる)なら、それぞれ何らかの思い入れのある作者なりタイトルがあって、それを基点(その人の読書のルーツともいえる)に自分の読書の幅を一つのジャンルの中で掘り下げたり、複数のジャンルにまたがって広げているものである。

読書歴はその人がこれまでどんな本(ひと)に出会いその度にどんな影響を受けてきたかを知る手がかりになる。いまこの人に知らない本(ひと)を贈る(会わせる)ならどんなひとが好ましいかを考えてみるのである。

相手の読書歴を聞いて、「何に興味を持っているか」をまず考えてみよう。その人のいま読んでいる本が、単なる一過性の興味から手に取った本なのか、一連の読書歴に連なる本なのかを見極めよう。後者であるなら、その人にどんな本を贈るのが相応しいか考えやすいと思う。その本を読み終わったら次はどの本に行き着くのか(その人の思考/思想の発展の過程)を予想するのである。ここで大切なのは、相手の思考にすんなり当てはまる本をセレクトできるかが鍵である。いたずらに相手にとって知る必要もないであろう知識(本)を贈ったら、相手の思考の成長を乱したり停滞させてしまうかもしれない。そうなると自分の贈与行為は悪影響でしかない。せっかく本(ひと)を贈る(紹介する)のだから、良い友達になってもらいたい。

あるいは相手の思考と相反する本であったとしても、相手がその本(ひと)と対話する過程でアウフヘーベン(止揚)が起きて、その人の思考がより高次元なものに調和し統一するという、贈った者の意図すら越えるような結果になれば凄いことであると思う。

 

以前「ルバイヤート」という中世ペルシャの詩集を友人に贈って喜ばれたことがある。お酒を飲むのが好きな人で、たまに厭世観を口にすることもあったので、何か飲酒にまつわる詩で厭世観を詠んだものはないかと考えていたらこの本が思い浮かんだのだ。私もこの詩集が大好きだし、彼もこの詩集を気に入ってくれてよかったと思う。彼が独りで酒を飲んでいる時にふとこの詩集の一ページをめくり、ある一節を頭の中で詠んで、人生についての憂いと酒を飲む快楽の余韻に浸ってくれたら、と願う。

 

逆に相手の興味の範疇にない本を贈ってみるのも面白いかもしれない。こういう世界(本)があったのかという驚きを相手に与えられる。しかしこれはやり過ぎてしまうと「俺はおまえよりいろんなこと知ってるぞ」という拗れた優越感につながりかねないので注意が必要である。

 

「人に何らかの影響を与える」ことを想定してひとに物を贈る以上、贈られる人にとって善い影響をもたらすものを選ぶことができるように、その人をよく観察して、状況や気持ちを考えてあげられるように心がけたい。

 

(蛇足)すっかり例の誓約をすっぽかしている自分がいる。情けない。だが、毎日ふと我に返ったときに、何か書かねば何か書かねば...という意識が自分の中に目覚めたことを良しとしよう。ルールに固執することよりも、毎日アウトプットし続けることで、自分という人間を客観的に見つめなおすこと、自分の考えを上手くまとめて人にわかりやすく伝えられるようになることが目的なのだから。

決意表明

眠たさを押しのけてこの記事を書く。

何故なら8/27(土)の分と8/28(日)の分、2回分の投稿が溜まっているからだ。これに明日の8/29(月)投稿分が加算されるとまた3回分に逆戻りだ。

 

自分で勝手に決めた誓約であるが、守らねばルールを作った意味がない。

 

今日は並々ならぬ決意を以って文章を綴ろうと思う。

『俺はロシアに行きたいんだ!!!』

 

そんなことわざわざ言うまでもなく、9/22(木)の夕方にはロシア連邦極東連邦管区ハバロフスク地方ハバロフスク市に私はいるはずだ。まちがいなく。

 

では、いつの話をしているのか?

 

来年の話である。私は今の仕事を来年の3月いっぱいで退職し、ロシア関係の仕事に転職するつもりでいる。ただし今この現段階で、次の就職先への内定が決まっているわけでもなければ、選考課程にすらいない。何ならどういう業界のどういう部門で働きたいかすら打ち出せていない。ロシア語に堪能で使いこなせるわけでもない。学習歴は口に出せない程度のものだ。

 

しかし、単なる絵空事や妄想でロシア関係の仕事への転職を考えているわけではない。

 

ロシアは私にとって特別な国なのだ。移住したいまではいかないが。仕事や旅行で一時的に住むことはあるだろう。それでも私は日本人として、日本に暮らし、日本人の妻を娶り、日本に骨を埋めることを希望している。もちろん必ずそういう運命になるかは誰にもわからないが、そう望めば、そういうふうになるものだと自負している。何故なら自分の人生の責任者は自分だからである。他の誰かの影響下に置かれることや誰かの意思に従ったり、或いは誰かの意思を尊重せざるを得ない状況がくることだって考えられる。頑固になりたいわけじゃない。自分という確固たる軸をもって、その都度変わっていく環境の変化に対応していきたい。成長していきたい。ロシアはそれを行うのにふさわしい国なのだ。いつの日か、日露関係の一助を担えたらいいとさえ思う。

 

ロシアに強く惹かれるのは今に始まったことではない。私が初めて一人旅した国はロシアであり、二度目もロシアであった。そして、来月に行くハバロフスクで三度目になる。ハバロフスクは極東ロシアの心臓部であり、来年から極東ロシア関係の仕事に就きたいと考えている私からすれば行っておかねばならない都市である。

 

ロシアの国土は広大であり、そこに住む民族も多様である。そして、お互いに言語という壁で隔たった民族を結んでいるのが公用語として話されるロシア語である。

 

ロシア語の習得は絶対条件ではないが、必須案件である。

毎日、学んでいくことを自らに課す。

 

ロシアに関する教養は私の趣味であり、これまでもこれからもインプットしてきたことはこのブログにこれからアウトプットしていく所存である。

 

たんなるロシア趣味で終わらないためにも。

ロシアに愛をこめて

 

池田 祐紀

 

 

日曜日が待ち遠しい理由

8/22(月)にブログを再開させてから6日が経過しようとしている。

 

①1日1回アウトプットしていく

という誓約を自分に課してから、すでに3回分の投稿(今日の投稿予定分も含め)が溜まっているので、有言実行・初志貫徹の言葉の重みを感じています。

 

アウトプットは苦しい。けど快感だ。

 

今日は

『新聞の書評欄の効用について』

 

私には17歳の時から続けている、ある習慣があります。それは毎週日曜の朝刊に入っている新聞の書評欄を読んでそのページをストックしておくことです。大学2回生の夏~4回生の冬に京都で下宿していた期間を除き(それでも帰省時には捨てられていない日曜の新聞をかかさずストックしていた)、現在に至るまで続けている習慣のひとつです。具体的にどのような効用があるか書き出してみます。

 

①どんな本が世に出ているのかわかる(最新本や既刊本含め)

②思わぬ本との出会いがたまにある

③同じ書評者の書評を読み続けるうちにその人の関心の範囲がわかるようになる(好きな音楽からその人の人となりが見えてくるように本からもわかるようになる)

④今現在興味のない本の書評も読んでおくことで、将来自分がその分野に興味を持った時に入っていきやすくなる(読書の守備範囲が広がる)

⑤自分のお気に入りの書評家を作っておくことで、自分の興味・関心の幅を広げようとする時の参考になる(教養は一朝一夕では身につかないし、そういう人に出会うことは人生で稀なので、届かない処にいる師匠を持つような感じ)

⑥一生で読むことのできる本の冊数は限られている。なかにはわざわざ買ったり借りたりしてまで読まなくてよい本もある。上手い人の書評を読むだけで読んだ気になれるのも戦略としてはありだと思う(タワレコで新譜を視聴するような感じ)

 

17歳当時にこの習慣をはじめたきっかけは、まだ本の世界の大部分が自分にとって未知な領域だった頃で、どんな本が世の中にあるのかを知りたいと思ったことだと記憶しています。

一番最初に読んだ新聞の書評欄は、当時通っていた予備校に置いてあった読売新聞でした。その書評欄では泡坂妻夫という日本の推理作家が75歳で他界された記事と、彼の代表作である「しあわせの書~迷探偵ヨギ ガンジーの心霊術」というトリック小説が取り上げられていた。「マジシャンでもある著者が、この文庫本で試みた驚くべき企てを、どうか未読の方には明かさないでください。」という一文に惹かれ、この本を早速書店で探して購入して読んだのだった。

 

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)

 

 

このようにまったく思わぬ本との出会いが期待できる情報媒体=新聞の書評欄という認識がこの時に生まれ、今日まで続く習慣になりました。ちなみに実家で取っているのは毎日新聞で、「今週の本棚」といいます。この書評欄の特徴は、毎週「この3冊」という特集で1人の書評者がヒロシマならヒロシマのテーマに合った3冊を選んで大体900~980文字以内で取り上げたり、月一くらいに「鼎談(ていだん)」で同じ業界や共通の趣味を持つ3人の識者が自分の最近読んだ本について三者三様の意見を交えて書評していることや、「昨日読んだ文庫」では書評者の読んだ文庫の思い出についてのエッセイが取り挙げられます。

 

試しに2016年7月31日(日)付けで毎日新聞に取り上げられた本を書き連ねてみます。

 

【鼎談 昆虫の本 評者 池澤夏樹(作家)奥本大三郎埼玉大学名誉教授)養老猛司(解剖学者)】

池澤推薦「つちはんみょう」舘野鴻(たてのひろし)作・絵(偕成社

養老推薦「昆虫の哲学」ジャン=マルク・ドルーアン著、辻由美訳(みすず書房

奥本推薦「中国 虫の奇聞録」瀬川千秋著(大修館書店 あじあブックス)

(*上記の3人の評者の本を何冊か読んだことがあると、本のセレクトにその人の個性が表れているのに気づいておもしろい。

 

【その他書評】

「荒ぶる自然 日本列島天変地異録」高田宏著(苦楽堂)

「政治学への扉」永山博之、富崎隆ほか著(一藝社)

「生きてるぜ!ロックスターの健康長寿力」(PHP新書

三浦雅士評「シェイクスピア 人生劇場の達人」河合祥一郎著(中公新書

村上陽一郎評「九鬼周蔵 理知と情熱のはざまに立つ<ことば>の哲学」(講談社選書メチエ

角田光代評「ちちんぷいぷい松山巌(いわお)著(中央公論新社

山尾幸久著・評「古代の近江 史的研究」(サンライズ出版

スタンフォード大学 マインドフルネス教室」スティーヴン・マーフィ重松著(講談社

「移民大国アメリカ」西山隆行著(ちくま新書)

(*自分の興味の範疇にはない本の書評を一応読んでおくことで、将来そういうジャンルやテーマに関心を持った時の良い玄関口になる。

 

【昨日読んだ文庫 長谷川たかこ(エッセイスト)】

イン・ザ・プール奥田英朗(ひでお)著(文集文庫)

(*時おり、自分の琴線に触れるようなすばらしい一冊に出会えることがある。)

 

新聞社ごとに書評欄のラインナップに違いがあるのもおもしろいです。時間があれば私がいつも目を通している新聞は以下の通りになります。

 

毎日新聞

朝日新聞

・読売新聞

日本経済新聞

週刊文春

週刊新潮

(*週刊誌も含めたが、特に週刊文春で取り上げられる本は毎週かかさずチェックしている。「私の読書日記」いうコーナーでは池澤夏樹穂村弘酒井順子鹿島茂立花隆の5氏による書評が毎週交代で掲載されている。)

 

日経新聞で取り上げられる本の書評はビジネスパーソンや会社の経営者、大学教授などかなりインテリジェントな人向けの本の紹介が多い。

朝日新聞は書評委員という制度があって、各界の優れた人の質の高い書評を読めるというメリットがあります。

 

新聞各社の書評欄にひととおり目を通すことで、書店に行かずともいまの出版界・読書界のトレンドを知ることができる(大型書店では新聞の書評欄を基に棚を作っていることが多い)のに加え、複数の新聞で取り上げられるようないま特に注目されている本が何かを知る指標にもなります。

さらに、年末になると各社が書評者の「今年の1冊」(場合によっては3冊)ともいうべきその年の間に出版され注目された本を取り上げる特集を組むので、今年1年の自分の読書を振り返るのに最適だと思われます。

 

これら新聞の書評欄に加えて、私が定期的に行っている習慣に毎月出版社のホームページの新刊紹介を40社くらい閲覧するというのがあります。これについてはいずれ別のエントリーでまとめようと思います。

 

 

 

 

煙に巻かれて・・・

ここのところ重たい内容を扱った話が続いているので、すこし軽めの話を・・・

 

最近、タバコの味を美味しく感じないことが多いのです。

 

最近まで、正確には8/1(水)までセブンスターの10mgを吸っていました。2014年くらいから2年ちかく吸い続けた銘柄なので非常に名残惜しいものがありました。

そのタバコを吸いやめるまでに何回も考えました。「ずーっと吸い続けてるし美味しくないわけないやろ。でも、やっぱり美味しくないしなー。いまさら他のタバコに変えてもなー」。セブンスター(以下、セッタ)が美味しく感じなくなったというのは徐々に自覚していったが、なかなかやめるに至らなかったが、8/1(水)の晩に最後の一本を吸ったのを境にほとんどタバコを吸うことはなくなってしまった。(禁煙ではなく、減煙というところに注意。)

翌日から、それまでタバコとともにあった生活は特に一変することはなかったが、お財布から小銭が減る回数が減ったのとタバコを吸った後に口に残るヤニ臭さと渇きを気にする必要がなくなったことに気付いたくらいか。それと、仕事中の喫煙回数が減ったことで、仕事の能率がすこし上がった気がした。

 

そんなささやかなプチ減煙生活はわずか一週間で終わりを告げました。8/11(木)の晩に京都三条にある某コミュニティスペースに遊びに行ったときに、誰かがお酒と一緒に喫煙してる様子をみて、おもむろに「もう一回吸ってみようかな」という気がおこり、ピースのタバコが切れた友達にタバコを買ってきてあげるというのを口実に喫煙を再開することにしたのだった。

 

なんと言えばいいのだろうか。長いこと吸っていたセッタが美味しいと感じなくなってから、いろんなタバコを試してみたけど、どれもいま一つピンとこないものばかりだった。アメリカンスピリットやラッキーストライクは学生時代によく吸っていた銘柄で、ひさしぶりに吸い始めたときは独特の臭みや吸い終わるまでに時間のかかる野暮ったさに懐かしさを感じたが、吸う本数を重ねていくうちに、美味しいなあ。と感じることはほとんどなかった。

それでもコーヒーやお酒とともに吸うときや深夜にラーメンを食べ終わったあとに吸うタバコはほんとうに最高だと思うのです。一番直近の記憶でいえば、潮風の薫る、海辺の海岸で、コーヒー豆から煎ったコーヒーをすすりながら、吸ったタバコの味は格別だった。

 

このブログを書いている今現在は、美味しいかも。と思えるタバコに巡り合えたのでこれからもタバコとくっついたり離れたりしながら付き合っていく日々は続きます。「永久喫煙者宣言」

 

 

 

ギリシャには「寝つきの悪い子供にはテオ・アンゲロプロスの映画を見せろ」という小噺があるみたいです。

前回は、今夜は二部構成です。とか言いながら、寝落ちして書き損ねたので今日投稿します。

 

例によって方針に則るなら・・・

②1日でも更新を怠ったら2回以上更新する

という誓約により、今夜はあと2本記事を書かなければならないのですが。

 

22日(月)× ←

23日(火)○

24日(水)○

25日(木)× ←

26日(金)Today ←

 

第二部は

『興味を持ってもらうなら映画の選択は慎重にしよう』

 

またまた広島旅行の話を繰り出しますが、「道中の車内でこの映画を流すよ~」と出発前の晩にいきなり「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」というタイトルもジャケットもクソイカツイ映画DVDを紹介しました。友達の1人は既にこのジャンルに馴染みがあったのと、以前いっしょに同ジャンルの映画を観に行ったことがあったので映画の上映には賛成であった。いっぽう一緒に行く女の子の方はおそらく残虐そうな内容に拒否反応を示して反対するか、太陽・マッチョ・アミーゴなザ・メキシコな雰囲気に意外にも興味を持ってくれるのどちらかだろうなーと思っていたら、なんと後者の方でした。

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はじめての「中南米の映画」というのもポイントだったらしい。ラテンアメリカの映画を観る機会は意外と少ないのかもしれない。私なら「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」とか「モーターサイクル・ダイアリーズ」などがパッと思い浮かぶが、まだまだ観ていないラ米映画がたくさんあるなあ・・・

 

そして、とどめに私のiTunesに入ってる劇中で使われてる音楽、

 

「El Mini 6」Buknas De Culiacan


LOS BUKANAS DE CULIACÁN EL MINI 6 CARTELES UNIDOS

 

を聴かせたらみごとにヒットしたみたいで、明日のドライブがいっそう楽しみになり、眠りにつきました。

 

陽気な音楽に合わせて歌われているのは似つかわしくもないこんな内容。

 

俺は闘いで命を落とした

親父と同じだ ねたんだことはない

俺は若くても 誰より実力があった

これこそ ボスの教えのおかげ

俺はグアダラハラを通り過ぎた

そこにクソ政府が 闘いをふっかけやがる

片手にAK-47 防弾チョッキなしで

白いトラックに乗り 街を流す

空へ発砲し 追い払おうとした

燃えるような銃弾に 奴らが応酬

必中のライフルで ヘルメット野郎を殺した

鋭い目 高ぶる感情 復讐の時だ

俺の仲間が 敵をひとり倒した

その戦場はまさに地獄絵図

負けるなんて 夢にも思わなかった

やられちまった 俺が死ぬ番だ

クリアカンに生きて戻れなかった

激しく闘い 力強く散った

 

危険は承知の上だ 誰も悪くない

もし裏切りなら 血を見ることになる

白黒つくまでは 闘いも続く

俺の命の代償は 何より高くつく

俺の呼び名は"ミニ6"

姓はメサ・トーレス 名はラウリージョ

親父は周りを 強者(つわもの)たちで固めてた

クリアカンでは 普通の奴らさ

成り上がりの命は短い

価値のない奴は 全員首を切れ

乱暴なんじゃない 誰より勇敢なだけ

仲間には いつも誠実だった

お別れだ 俺の人生は終わり

悲しくはない 素晴らしい旅立ち

奴らの標的は ボスだけだった

これで俺の名も 記憶に刻まれる

またこの世に 戻る日が来るさ

愛に満ちた男 俺が選んだ生き様だ

©日本語字幕 西山敦子

 

現在進行形でメキシコで起こっている、メキシコ麻薬戦争という現実(リアル)。このドキュメンタリー映画は、年間3000件を越す殺人事件が発生する「世界で最も危険な街」とされるシウダー・フアレスを舞台に、フアレス出身の地元警察官として日夜殺人事件の現場で証拠品を集める男リチ・ソトと、ナルコ・コリード(麻薬ギャング達の生き様を歌った、メキシコやアメリカのヒスパニックの間で人気を集める音楽ジャンル)の歌手で「ロサンゼルス育ち」のメキシコ系アメリカ人エドガー・キンテロ君の物語によって描かれる。前者は暴力が蔓延する世紀末のような世界に身を置きながら、正気を保って、自分の街を必死に守り抜こうとする男、後者はインターネットでしかメキシコの麻薬カルテルの現実を知らない、麻薬ビジネスが生み出す莫大な富を夢見、成功をつかもうとする男。それぞれ対照的な人生を歩んでる2人の男の物語を通して、メキシコの内と外で同時に起きている戦争とその派生である文化現象を捉えようとした作品である。原題は「Narco Cultura」(麻薬文化、麻薬カルチャー)。

 

とてもホットで刺激的なテーマを扱った作品ではあるが、上映開始後1時間も経たないうちに2人の観客は寝静まってしまった。

後でもうひとりの友人から感想を聞いたら、映画自体は暴力の蔓延するメキシコのありえない日常や音楽ライブのステージ上にバンドメンバーがアサルト・ライフルやバズーカ砲を持って登場するなど鮮烈なシーンがたくさん登場するけど、物語の構成がいろんなインタビューのつなぎ合わせであったり、図やインターネット記事などの資料の挿入など、従来のドキュメンタリーの枠を出ないという評価であった。メキシコの内外で起きていることはよくわかったが、尺の長い映画の中に同じ主張が何度も繰り返されて冗長的な観も否めないといったところである。

そのような思いはむしろ上映を企画した私自身にもあったわけだが、刺激的な映画内容に集中して見入ってくれるだろうという私の期待は見事に外れてしまった。そもそも私はメキシコ麻薬戦争というテーマに5年前から関心を持っていたので、多少眠くとも最後まで集中して観ることができたというのもあるかもしれない。

この映画を上映してみてわかったことは、一本の映画を前にしてやはり「観客は正直である」ということだ。どんなにすごいテーマを扱っていても、2年間で100時間という撮影素材を基に作られた苦労作であったとしても、劇場で観客を睡眠に誘ってしまっては映画スクリーンの向こう側で起きている現実(リアル)に目を向けてもらえないのではと思う。それと、やはり「映画は娯楽」である以上、観客に期待と感動を与え続け、ずっと起きて観てもらえる作品でないといけない。とはいえメキシコ麻薬戦争に関する基本的な知識と時系列的な理解が深まれば、映像資料としての価値は高い作品ではある。

 

最後に、この映画をはじめて観る人は、まずはこの映画の中で描かれる「救いのない、やるせなさや無力感しか残らないような現実」を知り、絶望すると思う。しかし、この物語を自分と関係のないどこか遠い国の出来事で、自分の日常とは関係ないと思わないでほしい。この問題を自分の中で否定しても問題が消えてなくなるわけでもない。何らかの形で私たちもこの問題の一部を成している。若い世代は上の世代が形作ったこの現状に影響を受けやすい。若い世代の人びとは麻薬ビジネスに限らず、さまざまな組織犯罪に、人生に行きづまった自分たちが浮上する唯一の道を見出すようなことはしない方がよいだろう。

 

余談だが、この映画を撮影したシャウル・シュワルツ監督の出自が報道写真家というのも興味深い。フォトジャーナリズムだけではメキシコのシウダー・フアレスで起こっている、自分の伝えたい物語を伝えることはできないと考え、映画を撮ることを決意したという。

 

 

 

 

 

 

 

 

見せていない映画について堂々と語る方法

お待たせしました。第二夜の投稿です。昨日にこのブログを約1年ぶりに再開したわけですが、本当は8/22(月)に投稿するつもりが1日遅れてしまいました。。

 

というわけで前回、示した方針である・・・

②1日でも更新を怠ったら2回以上更新する

という誓約により、今夜は二部にわたってお届けします。

 

第一部は

『体験を前にしてドキュメンタリー番組を事前に見せる意義はあるのだろうか ~平和記念公園訪問をあとにして~』

 

先週の土曜日、私の運転する車で広島の平和記念公園原爆資料館を友人2人と訪れた。夏の日帰り旅行である。

行きは大津から山陽道を片道6時間以上運転して広島市内に入り、帰りに尾道を経由して、しまなみ海道今治小松自動車道~徳島自動車道~神戸淡路鳴門自動車道名神高速道路を通って大津に帰る7時間以上の超距離移動であった。行き帰り、市内移動を含め15時間以上ハンドルを握り続けたことになる。これは単なるドライバーの苦労談です(笑)

この旅行の目的は平和記念公園原爆資料館への訪問」であり、小6の修学旅行時に平和学習の一環で訪れた私を除く、友人2人にとっては初めてであったという。旅行当日の1週間前に誘われたにもかかわらず「行きたい!」と興味をもってくれた女の子にはよくぞ来てくれた!という思いであった。それにこの2人は京都に住んでいる(もう1人は少し前まで)。そのこともまた今回の旅行の中で私にとっては思うところがひとつあった。それについては後ほど触れる。

 

夏の日帰り旅行の目的地に広島を選んだ理由は、8/6(土)に、私がNHKのドキュメンタリー「決断なき原爆投下 米大統領 71年目の真実」という番組を観て、ものすごく広島という土地に足を運びたい!なんとしても20代の感性のうちに広島を訪れ、原爆とその被害に遭った人々に対して考えを巡らしたいと思ったからだ。

この番組で目新しいと思った点は、「原爆投下決定の最高責任者であるトルーマン大統領が原爆投下決定を下す過程で綴った友人への手紙の内容。そこから垣間見える優柔不断で小市民的な一面を持つトルーマンの素顔」「軍の原爆計画責任者達による、新兵器(原子爆弾)の爆発の最大効果を観測するという目的のために特定の都市への爆弾投下を主張し続けた証言記録、および文民統制の最高司令官であるトルーマンへの印象操作をおこなった痕跡のある計画書」などが挙げられる。

それに、1963年に一度だけトルーマンが日本の被爆者と面会してる様子を撮った貴重な映像が見れたことはよかった。映像で会見中のトルーマンは終始被爆者の一人と目を合わそうともしなかった。あんなことをしておいて、アメリカ元大統領といえども自分の命令で落とした爆弾によって戦禍を被った者と目を合わせられるはずがなかったのだ!

 

次に触れる番組内容は京都から来た2人には、せっかくなので伝えておきたかった歴史的事実である。

 

京都はもともと原爆の投下予定地で、広島に落とされる1か月前まで軍の原爆計画責任者と陸軍長官(大統領に計画の報告を行う重要なポスト)の間で何度も議論され、本来なら落とされていても不思議のない街であった。

 軍を除隊後に録られた原爆計画責任者のグローブス准将の肉声によれば、「京都は外せなかった。最初の原爆は破壊効果が隅々まで行き渡る都市に落としたかった。」さらに、「京都は住民の知的レベルが高いから(新兵器である)原子爆弾の兵器の意義を正しく認識するだろう」という期待もあったという。番組内で公開されたグローブス准将が保管していた地図によれば、京都に落とすなら京都駅の西、現在の梅小路公園周辺が爆心地になる予定だった。原爆計画責任者であるこの准将は、京都がほかの軍事目標と何ら変わりはないという主張を執拗に報告書のなかで繰り返していた。結果的に戦後のアメリカの国際的イメージを心配する京都贔屓のスティムソン陸軍長官の抵抗や終戦後の米軍統治下の日本の世論が反米になるのを恐れたトルーマンの反対にあい、このシナリオは白紙になった。

 広島へ向かう道中、このシーンが頭をよぎったのを覚えている。本来原爆が投下される予定だった京都から実際に投下された広島に向かうのは何とも複雑な心境であった。歴史にIFは禁物だが、一つ歯車が違えば京都が被爆地になっていた可能性もあったことは覚えておこう。

 

さて、本題に入ろう。DVDに録画したこの番組を、予習もかねて広島に向かう車内で流す予定であったが、出発を前にして躊躇った。一種のプロパガンダになるのではないかと。つまり、いくら事実に基づいて作られたドキュメンタリーであっても、引用された証言や写真、映像の見せ方、ナレーションに製作者の意図が介在していることは明白で、この番組を観て感銘を受けた私がこの番組を広島をまだ見ていない2人に見せることで余計な先入観を植えつけはしないだろうかと悩んだ。結果的に見せなくてよかったと思っている。「どういう意思決定の下で原爆が広島の街に投下されたかを知ってもらう」よりも、まず「かつて原爆が投下された現在の広島の街の様子や資料館の展示を見て各個人各々の考えを巡らしてもらう」方が良いと判断した。

 実際、女の子の方は広島の街に入ってから新しい大きなビルだらけの街の風景がとても薄気味悪かった。古い建物がまったくみられない、と言っていた。原爆資料館を後にしてふいにそんな感想を耳にしたので私は戸惑った。古い寺社仏閣や建物が混在した街(京都)から、一発の核爆発によって街の歴史もろとも更地にされ過去からの連続した時間の中に空白の時間を生み出された街(広島)に来ている彼女の心象風景を想像してみた。怖い。こわすぎる。そうなのだ。想像するのも恐ろしいことが今から71年前にこの地で起きたことを改めて、おもい知った。

 

もう一人の友人からは感想をほとんど聞けていなかったが、いずれ機会があれば聞きたいと思っている。原爆資料館に展示されている被爆者の遺品や身体の一部、平和への願いを込めたモニュメントや品々、現在の広島の街を実際に目にしたことで私を含む3人の若者が原爆とその惨禍、そしてこれからの時代の核の在り方に考えを巡らせるよい契機となったことを願う。

 

再開。

タイトルの通り、ブログを更新します。

 

前回のエントリーから1年が経ち、三日坊主ならぬ一日坊主で更新が止まってしまったことを反省しています。

 

これからの方針ですが、以下の内容で

 

日々の雑感 と 最近の興味関心 と読書感想文、そしてロシアに関する話題(過去の歴史等も含む)

 

①1日1回アウトプットしていく

②1日でも更新を怠ったら2回以上更新する

③人に聞いてもらうつもりで書く

 

ことを誓います。

 

それでは再開しまーす。

 

まず前回の初投稿で次回予告した8月20日〜23日の韓国弾丸旅行についてですが、話のネタの賞味期限が過ぎてしまったのでボツにします。

 

そんなことよりも

『なぜいけやんはアウトプットをしてこなかったのか?』

について自分なりの考察を語ります。

 

⚪︎そもそも日常的にアウトプットをしてこなかった。このブログも然り。

⚪︎本を読んでも読みっぱなし。多少の感想はあれど、そこに自分の考察を加えなかったことで知識を自分の血肉としてこなかった。

⚪︎次から次へと自分の興味関心が広がっていき、その度に一つ一つの事柄をきちんと自分の中に落とし込めていない。精神的に積ん読状態

 

日常的にアウトプットしてこなかったことは特に大きい。自分の考えを一度も文章化していないことで、ただ単に本やネットの記事、テレビなど見聞きした経験から語られる私の言葉は単なる事実に過ぎない。何の面白みもない。

 

これまで私の話を聞いて、もし面白いと感じた人が居たとしたらたまたまその人の興味関心に私の話した事実が合致しただけだろう。

 

さらに、私は精神的に積ん読状態であると思われる。例えば興味のある事柄をググっても、その事柄について書かれた記事を読んでいる内に発見した新しい事柄に興味を持ち、リンクからリンクへと飛び、GoogleChromeのタブは増え続けるばかり。今現在、開いてるタブだけでも軽く200は越えている始末。これでは一つ一つの事柄に注視している余裕などない。

 

ゆえに圧倒的にアウトプットの経験が少なく移り気の多い私の取るべき行動は、

 

⚪︎何かインプットしたら自分の考察も交えてアウトプットする。

⚪︎一つの事柄を自分の中に落とし込めるまで次の事柄に手を出さない。

 

ひとまず、これらを守ることを心がけます。